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はじめに|なぜ今、SEL教育が注目されるのか?
「社会で活躍する力は学力だけでは測れない」——そんな考えが広がる中で、子どもの“心の力”を育てる教育が世界中で注目されています。中でも「SEL(Social and Emotional Learning)教育」は、学力だけでなく、感情や人間関係、自己理解といった非認知能力を育てるカリキュラムとして注目されています。
OECD(経済協力開発機構)も、21世紀を生きるための能力として「社会情動的スキル(Social and Emotional Skills)」を重視しており、文部科学省も新学習指導要領の中で「主体的・対話的で深い学び」を推進するなど、SEL的な視点の導入が進んでいます。
本記事では、SEL教育の基本から、日本の教育現場での活用例、非認知能力との関係までをわかりやすく解説します。
SEL教育とは?|感情と社会性を育てる教育の枠組み
SEL(Social and Emotional Learning)とは、日本では「社会性と情動の学習」と訳され、社会的・情動的スキルを育む教育のことです。1994年にアメリカの教育団体CASEL(Collaborative for Academic, Social, and Emotional Learning)によって提唱されました。SEL教育では、子どもが自分自身を理解し、他者と健全な関係を築き、感情を適切にコントロールしながら社会の中で行動できるようにすることを目的としています。
CASELによると、SELは以下の5つの能力領域で構成されます。
- 自己認識(Self-Awareness)
自分の感情や強み・弱みを理解し、正確に自己評価する力。 - 自己管理(Self-Management)
感情や行動を制御し、目標に向かって計画的に行動する力。 - 社会的認識(Social Awareness)
他者の感情や背景を理解し、共感する力。 - 人間関係スキル(Relationship Skills)
効果的なコミュニケーション、協力、対立解消の力。 - 責任ある意思決定(Responsible Decision-Making)
倫理観や安全性を考慮した意思決定を行う力。
これらの能力は、学業やキャリアだけでなく、人生全般の幸福度にも強く関わっています。
SEL教育と非認知能力|どう違い、どうつながる?

「非認知能力」とは、IQや学力テストの点数で測れない「見えにくい力」のことです。自己肯定感、やり抜く力、共感性、協調性、自己管理能力などが含まれます。
SEL教育が育てる5領域は、まさにこの非認知能力の具体的な要素と重なります。たとえば「自己管理」は、非認知能力の中で重要な「自己抑制力」「感情のコントロール」「行動のセルフコントロール」と直結しています。
また、「社会的認識」や「人間関係スキル」は、「共感性」や「協働力」といった非認知能力の育成にもつながります。つまり、SEL教育は非認知能力を体系的に育てるアプローチとして非常に有効なのです。
SEL教育が注目される背景
SEL教育が世界的に注目されている背景には、以下のような社会的変化があります。
AI・自動化時代の到来
これまで人間が担ってきた単純な知識や技能の多くが機械に代替されつつあります。そのため、これからの時代は、創造性や協働力、さらには倫理観や柔軟な問題解決力など、人間ならではの資質や能力が必要とされています。
教育現場の課題
近年の学校現場では、いじめや不登校、子どもたちの心の不調など、さまざまな課題が増加しています。SEL教育は子どもたちが自分を大切にしながら、周りの人とも良い関係を築き、困難を前向きに乗り越えていくための手助けになると期待されています。
こうした社会や教育環境の変化により、学力だけでは測れない子どもの力を体系的に育てる枠組みとして、SEL教育が注目されるようになったのです。
SEL教育の効果|学力にもプラスの影響

SEL教育は“心の教育”であると同時に、“学力の土台”でもあります。
2011年にアメリカで行われた『生徒の社会情動的学習の強化の影響:学校ベースの普遍的介入のメタ分析』研究では、SELプログラムを受けた児童・生徒は、社会情動的スキル、態度、行動、学業成績が向上したと報告しています。
また国内でも2023年の横浜市教育委員会委託調査によれば、非認知的な力(たとえば自己管理力や社会スキル)が高い児童ほど、国語や算数などの成績も高い傾向があると示されています。また、「授業を楽しいと感じている」「意味理解を意識して学習している」子どもほど、学力の伸びが見られました。
つまり、感情を安定的に保ち、他者と協力しながら学習に前向きに取り組めることが、結果として学力向上にもつながるのです。
家庭でできるSEL教育|小さな声かけから
SELは学校だけでなく、家庭でも育める力です。たとえば、次のような関わりがSEL的な学びにつながります。
- 「今どんな気持ち?」と感情を言語化する支援(自己認識)
- 怒りや不安に「深呼吸してみよう」と対処法を一緒に考える(自己管理)
- 「友だちが困っていたらどうする?」と想像力を引き出す(社会的認識)
- 「一緒にどうしたらいいかな?」と対話的な問題解決(責任ある意思決定)
親子の対話の中にもSELの種があるのです。
まとめ|SEL教育は“未来を生きる力”を育てる

SEL教育は、子どもたちの心を育てる教育であり、非認知能力を育むための実践的なアプローチです。
今後ますます複雑化・多様化する社会を生き抜くために、子どもたちは「学ぶ力」だけでなく「自分を理解し、他者とつながる力」が求められます。
SEL教育は、その“未来を生きる力”を育てる、新しいスタンダードとして、これからの日本の教育に不可欠な柱となるでしょう。
参考文献
- 一般財団法人日本生涯学習総合研究所『「非認知能力」の概念に関する考察<集約版>』(2022年)
- 横浜市教育委員会委託調査『認知・非認知能力調査研究 報告書概要版』(2023年
- 杉浦ひなのほか『幼児の認知能力と非認知特性の関連』(2021年)
Durlak, J. A., Weissberg, R. P., Dymnicki, A. B., Taylor, R. D., & Schellinger, K. B. (2011).- The Impact of Enhancing Students’ Social and Emotional Learning: A Meta‐Analysis of School‐Based Universal Interventions.