
近年、教育現場や子育てにおいて「非認知能力」という言葉を耳にする機会が増えました。非認知能力を理解するためは、「認知能力」について正しく把握することも重要です。
本記事では、認知能力の定義から、非認知能力との違い、そしてそれぞれの能力が子どもの成長にどのように関わってくるのかを、わかりやすく解説します。
INDEX
認知能力とは何か?

認知能力(Cognitive Skills)とは、一言で言えば、物事を理解し、記憶し、論理的に考え、問題を解決するために使われる知的な能力のことです。学校のテストや学力調査などで数値化されやすい能力であり、私たちが伝統的に「頭の良さ」として認識してきたものに非常に近い概念です。
認知能力の具体的な要素
認知能力は、主に以下のような要素で構成されています。
- 知識・学力: 教科書の内容や一般常識など、学習によって習得される具体的な知識や技能。
- 記憶力: 情報を取り込み、保持し、必要に応じて思い出す能力(短期記憶、長期記憶)。
- 論理的思考力: 筋道を立てて考え、結論を導き出す力。数学的な思考や読解力に含まれます。
- 問題解決能力: 提示された課題に対し、適切な知識や論理を使って答えを出す能力。
- 言語能力: 言葉を理解し、表現する能力(語彙力、文章構成力など)。
- 推論力: 既知の情報から未知の事柄を予測したり、結論を導き出したりする能力。
認知能力の測り方
認知能力は、客観的に評価し、数値化しやすいという特徴があります。
- IQテスト: 知能指数(Intelligence Quotient)を測定するテストです。
- 学力テスト・定期試験: 学校での知識の定着度や理解度を測ります。
- 偏差値: 模擬試験の結果などから、集団の中での個人の学力の相対的な位置を示します。
- 資格試験: 特定の知識や技能を有しているかを評価します。
これらの結果は、進路選択や習熟度別の指導など、教育における様々な判断の基盤となります。
非認知能力とは何か?

非認知能力(Non-Cognitive Skills)とは、学力テストの点数やIQでは測ることが難しい、人間の内面的な意欲や態度、感情、対人関係に関する能力を指します。
この能力は、「生きる力」や「社会で活躍するための土台」として近年注目されています。
非認知能力の具体的な要素
非認知能力には、以下のような多様な要素が含まれます。
| カテゴリ | 具体的な要素 |
| 目標達成に関する力 | 自己肯定感、グリット(やり抜く力)、自律性、自己効力感、計画性、意欲 |
| 他者との協働に関する力 | 協調性、共感性、リーダーシップ、コミュニケーション能力、思いやり |
| 感情制御・調整に関する力 | 自己統制力、レジリエンス(精神的回復力)、好奇心、忍耐力 |
これらは「社会情動的スキル」と呼ばれることもあります。
非認知能力の重要性
非認知能力は、認知能力のように直接的な成績には結びつきにくいですが、長期的な人生の成功や幸福度に深く関わることが、多くの研究(例:ノーベル経済学賞受賞者のジェームズ・ヘックマン教授らの研究)によって明らかになっています。
- 学力向上への影響: 非認知能力が高い子どもは、学習意欲が高く、困難に直面しても粘り強く取り組むため、結果として認知能力の向上にも寄与します。
- 社会での成功: 仕事でのパフォーマンス、年収、精神的な健康、円満な人間関係など、社会に出てからの様々な側面でポジティブな影響を与えます。
認知能力と非認知能力の違いを徹底整理
認知能力と非認知能力は、しばしば対立するものとして捉えられがちですが、実際は互いに影響を与え合い、子どもの成長を支える車の両輪のような関係にあります。
この二つの能力の決定的な違いを、以下の表で整理します。
| 項目 | 認知能力 | 非認知能力 |
| 定義 | 知識や論理、記憶など、知的な情報処理に関する能力。 | 意欲、態度、感情、対人関係など、内面的な心の力。 |
| 主な例 | 学力、IQ、計算力、読解力、語彙力。 | やり抜く力、自己肯定感、協調性、自律性、レジリエンス。 |
| 測定方法 | 学力テスト、試験、IQ測定など。客観的に数値化しやすい。 | アンケート、行動観察、第三者の評価など。学力テストで数値化が難しい。 |
| 習得 | 教育(学習)によって習得される部分が大きい。 | 経験、環境、かかわりの中で育まれる部分が大きい。 |
| 短期的な影響 | 成績、進学、資格取得など、成果が早く現れる。 | 短期的な成果は見えにくいが、地盤を固める。 |
| 長期的な影響 | 専門性、特定の技能の発揮。 | 生涯年収、幸福度、精神的健康、キャリア形成など、人生全般に影響。 |
相互の関係性
重要なのは、「認知能力の土台には非認知能力がある」という視点です。
例えば、「テストで高得点を取りたい(認知能力の目標)」という結果を出すためには、「諦めずに勉強を続けるグリット」や「計画通りに学習を進める自律性」、「失敗から立ち直るレジリエンス」(すべて非認知能力)が必要です。
非認知能力が高まることで、学習に対する意欲や態度が改善し、結果として認知能力も向上するという好循環が生まれます。
家庭や学校で意識すべきこと

では、この二つの能力をどのようにバランス良く育むべきでしょうか。
認知能力の向上に向けて
- 効果的な学習方法の提供: ただ知識を詰め込むだけでなく、理解を深めるための論理的なプロセスを教える。
- 継続的なフィードバック: テスト結果だけでなく、思考の過程についても具体的なアドバイスを行う。
非認知能力の育成に向けて
非認知能力は、ドリルや教材で教え込むものではなく、日々の経験の中で育まれるものです。
- 挑戦と失敗を許容する環境: 子どもが興味を持ったことに挑戦させ、失敗してもそれを「学びの機会」として肯定的に捉える声かけをする。(例:「よく頑張ったね。次はどうすればうまくいくか一緒に考えてみよう」)
- 自己決定の機会の提供: 習い事の選択、週末の過ごし方など、子ども自身が自分で決める機会を与え、自律性を育む。
- 他者との関わり: 友達との遊びやチーム活動を通じて、協調性や共感性を養う機会を意図的に設ける。
バランスの重要性
現代社会で求められるのは、高い認知能力に加えて、それを使いこなすための高い非認知能力です。どんなに知識やスキルがあっても、やる気がなかったり、困難からすぐに逃げてしまったり、チームで協力できなかったりすれば、その能力を最大限に活かすことはできません。
この二つの能力を偏りなく伸ばしていくことが、子どもたちが予測不能な未来を力強く生き抜くための鍵となります。
まとめ
今回は、認知能力と非認知能力の違いについて解説しました。
- 認知能力:学力、IQなど、客観的に数値化しやすい知的な能力。
- 非認知能力:グリット、自律性など、数値化が難しい心の力。
この二つの能力は、どちらか一方を重視するのではなく、互いに影響し合いながら成長する車の両輪です。認知能力を支える土台として非認知能力を捉え、日々の生活や学習の中で、子どもたちが挑戦し、学び、成長できる経験を積極的に提供していくことが、私たち大人に求められています。
参考文献
- ジェームズ・J・ヘックマン(2015) 『幼児教育の経済学』東洋経済新報社
- アンジェラ・ダックワース(2016年)『やり抜く力 GRIT(グリット)』ダイヤモンド社
- 杉浦ひなのほか(2021年)『幼児の認知能力と非認知特性の関連』
- 横浜市教育委員会委託調査(2023年)「認知・非認知能力調査研究」報告書概要版



